その日は何日かぶりの宿に泊まった――。

「みう? つかれたぁ……」
ミリアは部屋に入るなり、ベッドにたおれこんだ。
「ふかふか、ぷかぷか気持ちいい♪」
――そう、こーんなふかふかベッド、何日ぶりだろう。
今まで野宿していたのだ。ミリアにとって、ベッドはこのうえなくやわらかかったに違いない。
子供のように(子供か。)ベッドにすりすりした。
「あう? ミリア様♪」
リースが、ミリアの上にのっかってきた。
「うぅぅ? おもいよ、リースぅ……」
「あ、すみません。ミリア様の顔、とーってもしあわせそうでかわいかったものですから…♪」
う〜ん、ミリアって、母性本能をくすぐってしまう。思わず抱きしめたくなっちゃいます。
「ミリア様? 肩おもみしますわ♪」
「わ〜い♪…でもリースも疲れてるんじゃない? いいよ、無理しなくて。」
「ん〜、じゃ、あとで私の肩ももんでください。今は、私がおもみしますわ♪」
「うん♪ それじゃおねがい♪」
「はーい♪」
リースもだいぶ疲れているのだが、疲れた親友のため、何か役に立ちたい。
愛する親友のためになにかしてあげることが彼女のしあわせなのだ。
――しかし、それを喜んで受ける人ならともかく、ミリアは人々が苦しんでいるのに
自分だけ楽をするということができない性格だ。彼女はやさしすぎる。
だから、リースはミリアと同じ楽しみ、苦しみを分かち合いながら、
ミリアのために働くことを考える。
「ミリア様、どーですか?」
「はぅ?気持ちいい〜♪ リース、じょうずだね♪」
「ふふっ、これでもフィーナ様の肩をおもみし続けた身…知らず知らずのうちに
うまくなってきましたわ……ふっ、マッサージマスターと呼んでくださいですわっ」
「なんかよくわかんないけどすごーい♪」
「……そーいえばフィーナ様は?」
リースは手を休めずにきょろきょろフィーナをさがす。
――彼女は窓辺にいた。
ほおづえをついて窓ごしに夜空を眺めている。
「なにやってるんですか?フィーナ様。」
「…………。」
返事はなかった。
「フィーナ様?」
「……うるさいわねっ!」
――そこには魔界四王としてのフィーナがいた。
「リース、何でそんなに楽しそうなのよ!?」
彼女は怒っているようだった。―少なくともそう見える。
「え?」
リースはわけがわからずに返事があやふやになる。
「あんたはあと数日の命なのよ!?わかってるの!?」
フィーナが思いっきりたたいたテーブルは本来の働きを失うほど壊れた。
「……私は数日の命なんかじゃありませんわ。」
きっちりと、決意を持った瞳でフィーナを直視するリース。
「私は生きます。運命を変えてみせます。セレス様とミリア様がいれば絶対に
変えられますわっ!」
「――わかってないわね!」
……そうだ、わかっていない。
物事の本質なんてわかっていない。
と、フィーナは瞬間的に思った。
全てを見て、事実を正確に計算する彼女にとって、リースの言葉は根拠のない自信だ。
「わかってますわ!私は死にませんっ!!」
リースはくり返す。根拠のない自信を。
希望にすぎない希望を。
―なぜ、ありもしないことを言うのだ?
確率的に絶対に起こりえないのに。
「そーだよ、リースは死なないもん!」
ミリアまでが言う。――……。
「死ぬわ……今ここで、あたしが殺すから!」
言葉が放たれた瞬間、フィーナは虚空から現れた槍を握り、一気に振りおろした!

――ズバッ!

ベッドが鮮やかに裂け、木の壁にまざまざと刃物で斬った跡が残った。
「……フ、フィーナ様……?」
なんとか身をかわしたリースは恐怖に凍えた声でその名を呼んだ。
「リース……ネストレックが必要とするのはあんたの魂だけよ……。
殺しても、魂だけとらえて持ち帰ればいいわ。」
「……フィーナ様……ほ、ほ、本気で私を……?」
「当たり前よ。」
フィーナの左手に力がたまっていく。―緑色の光が。
光は手の平に収束し、緑色に輝きはじめる。
「……この術を受けて生きた奴はひとりもいないわ……。」
輝きがボールのように集まり、電気を帯びはじめる。
「……そ、そんな……フィーナ様……私が嫌いなんですの?」
電気の音がくっきりと聞こえてくる。しだいに大きくなってくる。
「嫌いよ。……あんただけじゃないわ……みんな大っ嫌いよ!」
「やめてぇっ!!」
ミリアがフィーナに抱きついてきた。
「ケンカしないで!」
切実な表情で止めようとする。
一瞬、注意がそれ、詠唱が中断される。
「っ……邪魔しないでよっ!」
言うと同時に衝撃を生み、ミリアを大きくふっ飛ばした。

――ドガッ!

そのまま木の壁に激突し、床に崩れ落ちる。
「ミリア様っ!」
リースは本能的にミリアのもとへかけ寄った。
「ミリア様、大丈夫ですか!?」
―床には数滴の血液が、壊れたように散っている。
彼女の口からは、血がしたたり落ちていた。
「うぅ……い……たいっ……」
言って、ミリアはせきこんだ。
「フィーナ様っ!何てことを……え?きゃあああぁっ!」
リースは体がしびれたような感覚に悲鳴を上げた。
――いや、実際、体はマヒした。
フィーナの術だ。―マヒさせるために作られた術。
「……リース、苦しまないように心臓を貫いてあげるわ。」
槍の先がリースの心臓に向けられた。
「……あ……うっ……あっ……」
体がマヒしたリースは発声をすることさえできない。
「ごほっ……や、やめて、フィーナっ……」
ミリアが必死でうったえるがフィーナは聞こうとしない。
「……ごほっ……ごほっ……やめ……て……」
「………リース、さようなら。」
――リースは確かに見た。今の言葉を聞いた瞬間、
フィーナの瞳を。助けを求めている瞳を。
“誰か止めて”―そんな目だった―
そのとき、
「やめろっ!」
ドアで声がした。
――セレスの声だ。
「……セレス……」
フィーナはリースを殺すことを中断し、セレスのほうをむいた。
「何してる。」
セレスは短剣をかまえ、フィーナをにらみつけた。
――フィーナは悲しそうな顔をした。
ただし、一瞬だけ。
「……あんたも邪魔する気ね。」
言って、フィーナはセレスに矛先をむけた。
「風力球〈エア・ドライヴ〉」
彼女の手から放たれた空気を圧縮した玉はセレスに向かって突き進む。
けっして強い術ではないが、フィーナあたりが使えばそれこそ、鉄板でもぶち抜く程にもなる。
――しかし、それはセレスの結界にあっけなく散った。
「どういうつもりだ?」
セレスは剣をかまえながらも、聞く。
「麻痺術〈パラライズ・ロウ〉」
結界が解除された時をねらって、フィーナが術を放った。
――最初の術はおとりだったのだ。
「くっ!」
セレスは体がマヒしてしまう術をまともに受けてしまった。
体じゅうがしびれ、床に崩れ落ちる。
「………ふん、この程度であっさりやられるあんたたちじゃ、
運命を変えるなんてできないわ。あんたたち3人は、みんな死ぬわ……。」
フィーナは、槍を床につき立てた。
「あたしは――あんたたちを見殺しにしてでも生きる。」
感情を殺した声で冷たく言い放つフィーナ。
彼女の冷たい瞳は、どこを見ていたのだろうか――。

 

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