4.心を学ぶこと


リースは、買い物に来ていた。
と言っても、特に買いたい物もなく(金がないとも言える)、ただただショッピング
気分を味わっているだけ。
買ったのはコショウくらいか。
――ミリアとリースは宿で寝ている。セレスはいつのまにかいなかった。
エクテナの街。
日はすっかり落ちて、空は暗い。街灯のおかげで、視界は悪くないが。
同時に、リースの心も沈みつつあった。買い物に出てしばらくは、るんるん気分だった
のだが。
「大好きって思われるって……どういうことですの?」
さっきからこの疑問が頭をめぐっている。
生きる目標を見つけた物の、具体的にどうすればいいのかわからない。
はぁぁ……
ため息をついたところ、人がひとり、リースに近寄ってきた。
「おじょうさん、よかったら俺とお茶しないかい?」
頭の上から声が聞こえてきた。――リースは頭を上げた。
ブルーの後ろでくくった髪に、パープルの瞳。
白いマントと特大ルビーが一体化した胸あてをしていた。
――髪型と顔はセレスにちょっとにていて、年も近そうだった。
無論、17歳のセレスに。
「は、はい」
わけも分からず、リースは返事をした。
「じゃぁ行こう」
「え? え? ちょっと……」
リースは別に肯定したつもりはなかったのだが、てをひっぱられてしまった。
「ちょっとって……さっきOKしてくれたじゃないか」
ないってば、そんな気持ちは。
「それに……君、元気がなかったみたいだけど?」
「う……」
見ず知らずの人に自分の心を読まれて口ごもってしまう。
「よかったら、話してくれないか?」
少年はにっこり笑った。

入ったのは喫茶店だった。
大きなガラスの窓が内壁に使われていて、店内がせまいという印象を受けない。
窓からは美しい夜景が見える。木造の建物で、木目がいそう美しくみえる組み方を
している。
――少年の名前はデュウといった。
「デュウ様……だから私、大好きに思われたいんです」
リースはすべてのことを話した。
自分が人の分身であること。もうすぐ命がなくなってしまうこと。
そして、生きる目標を探していること。
「う〜ん……」
デュウは、難しい顔で腕組みをしていた。やがてにっこり顔でこっちを見てくる。
「じゃぁ、愛って、知ってるかい?」
「愛?」
――リースには、分かっているようで分かっていない単語だった。
「そう。愛だよ」
言って、コーヒーを飲むデュウ。飲み方も研究されているらしく、実に美しい仕草だ。
「お互いに大好きって思うことだよ、リース」
「……それが、愛なんですの?」
初めて物をみる赤ちゃんのような顔をするリース。
「そうだよ。異性をいとしく思う、愛だ」
「…………」
リースはすくっと立ち上がった。
「ありがとうございました、デュウ様。おかげで私、生きる目標が見つかりそうですわ。
 ……どうもお世話になりましたですわ」
ぺこっとひとつお辞儀をして、くるっと振り返ると、彼女は笑顔を残して去っていった。
足取りは、早くもあり、弾んでもいるようだった。元気いっぱいにあふれていた。
――後に残されたデュウも悪い気はしなかった。
ひとり、彼女がたどった奇跡を焦点も合わさずに眺めていた。
コーヒーをひと口。
「ふ、口説きそこなったな……まぁいいか」
こんな気分――口説きそこなったのにいい気分なのは初めてだ。
というよりも、彼女の悩みを解決したことで生まれた満足感が、彼を満たしていた。
(今日の俺はどうかしてるな……)
不思議な子だ、と思ったデュウだった。
――彼の脳裏にシリアの顔が浮かんでいた。

「こんな所にいやがったか」
ポケットに手を突っ込んで、無愛想にリースを見ているセレスがいる。
一応、リースを探していたようだった。
喫茶店を出てきた直後のことでである。
「もう夜遅い。さっさと寝ろよ。昼間寝られちゃたまんねーからな」
言って、くるりと振り返った。
「ご、ごめんなさいですわ」
少し、遊びまわった自分を反省するリース。
でも彼女は後悔はしていなかった。
「あの、セレス様。子供になる前の自分、覚えてます?」
「はぁ?」
何の脈絡もない質問をされて、調子が狂うセレス。
「……別に。覚えてねーよ。全然記憶がねぇ」
リースは、もとの、自分より大きいセレスを思い出していた。
セレスは、初めて友達になった(と自分では思っている)男の子なのだ。
そのときの彼は、かっこよくて、強くて、頼りになりそうな人だった。
今でも頼りにはなるが、かっこいいとゆーより、かわいい感じだ。
(……決めましたわ……私、セレス様と愛し合いたいですわ♪)
リースの心がにっこり笑った。
やがて、弾んだ足取りで、セレスを追いかけた。
「セレス様ぁ、今日の晩ごはん何ですの?」
「……飯が気になるくらいならさっさと帰ってこい……」
セレスはもううんざりといった顔をした。青スジも浮いている。
――でも、リースはそんな顔を見るのさえもうれしくてならなかった。

まさに快晴。雲ひとつない青空だ。
目覚めにはもってこいの朝である。――しかし、2人は寝ていた。
「おはよぉ〜」
元気いっぱいののんきな声が聞こえてきて、ようやく目が覚めるリース。
といっても、完全には目覚めないけど。
「ほけぇ〜?」
リースは両目を半分閉じたままふとんから顔をのぞかせた。
「リース、朝ごはん食べに行こうよ♪ セレスも起きて♪」
「そーそー、あたしもおなか空いたわ〜」
ふとドアの方を見ると、もう旅支度が整っているミリアとフィーナがいた。
昨日は、2人が夕方からずっと寝ていたせいもあって2部屋でこの部屋割りであった。
夜遅くまで起きていたセレスとリースより目覚めが早い。あたりまえだけど。
「あ、もうそんな時間ですの?」
ようやく頭が回転しかけたリースは、まだパジャマ姿だった。
「あの、先に行っててください。私たちも後から遅れて行きますわ」
「うん、じゃあ先に行ってるね。食堂は、えーと……どこだっけ、フィーナ」
「あんた、これから行く場所忘れてどーすんのよ。しかもさっき教えたばっかりでしょ。
 食堂はここの1階。階段を下りて右に曲がったところよ」
「そう。じゃあそこに行っとくね、私たち」
「はやく来なさいよ」
ぱたん、とドアは閉まり2人の足音は階段のほうに続いていった。
ひと息つくと、リースはぴょんっと、ベッドから飛び下りた。
「あ〜、今日も生きてるですわ〜♪」
もうすぐ死期がせまっている彼女にとっては、それはすごく感謝すべきことだった。
特に、生きることに喜びを感じかけた今は。
この世でいちばん幸せそうな顔で背伸びをした後、寝ているセレスを見た。
彼にしてはかなりめずらしく、今日はいちばん最後まで眠っている。
かなり疲れていたのかもしれない。
リースは近寄ってセレスの顔をまじまじと見つめた。
眠ってさえいれば、どこにでもいる普通の5歳児である。
「セレス様、朝ですよ、起きてくださいですわ♪」
とびっきりの笑顔をしながらセレスをゆすった。
と思ったら、いきなり抱き上げて、ぎゅーっと力をこめた。
「な、なにしてやがる!?」
よーやく目覚めたセレスはなんとなく状況を読んだ。
「あ、お目覚めになりましたですの?」
抱きしめたままで話してくる。
セレスは、このままではリースをにらみつけることができないので、両手を彼女の肩に
ついて、できるだけ自分の顔を遠ざけた。同時に、ジト目で彼女を見る。
「何やってんだよ」
ちょっぴり顔を赤らめているセレスに対し、リースは上目使いで、
「だって、セレス様、すっごくかわいかったんですもの♪」
「だーっ! わけわからんこと言ってねーでさっさと降ろせっ!」

 

 

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