1.リースの悩み


 

ぱっかぱっかぱっかぱっか…………
けっこうきれいにしてある街道を馬車がのどかに通っている。普通の貸馬車で、馬車に
乗っているのは4人。セレス(子供)とミリアとリースとフィーナである。
たずなを操作しているのはフィーナ。……いや、お金がなかったからなんだけど……
横にはリースが座っている。木でできた席で、ちょっとおしりが痛いが、寒くなるくらいの
風が吹いていて気持ちがいい。
セレスとミリアはというと、馬車のほろの中でふたり仲良く熟睡中。この馬車のほろは
前と後ろが空いていて風が通りぬけていくため、カゼをひかぬようにとミリアがセレスを
抱いて、セレスを寝かせたのだ。んでもって、そのうちにミリアもそのまま寝てしまったので
ある。
いや、だからといって “仲良く熟睡中” というわけでもないのだが、はたから見るとそう
見える。
「……ミリア様も眠っちゃいましたね」
2人の寝姿を見ながら、リースは言った。幸せそーな寝顔なので、リースの顔が思わず
ほころぶ。
「うーん、よいこは6時間寝ただけじゃあ足りないわよね〜。あたしでもまだ眠いし」
セレス以外の3人が眠ったのは今日の午前4時ごろ。起きたのは12時ごろ。超不規則な
生活を送っている。
セレスに至っては馬車に乗るまで一睡もしていない。
「…………」
リースの顔が突然曇る。寝ている2人を見て。
さきほどまでフィーナとおしゃれについて語っていた顔とは違う。なにか、思いつめたような
表情である。
………………。
会話の無い時間が流れる。
「どーしたの? リース」
さすがに変と感じたか、フィーナはたずねた。
………………。
「フィーナ様……。私達は……セレス様とミリア様を……だましつづけているんですよ
ね……」
実に悲しそうな瞳で話してくるリース。
「…………」
フィーナは瞬間的に何も言えなかった。フィーナだって好きでだましているわけじゃない。
「お二方とも……何の罪もありませんのに……」
フィーナとリースは、ネストレックの計画の一部、“ミリアを魔界まで連れてくる” という
作戦を実行しているにすぎない。
しかし、ミリアを連れてきたらどうなるのか。
――具体的な作戦としてはフィーナは知らされていない。それでも、知らされずとも
だいたい予想はついている。まず、間違いなくミリアは無事では済まない。
無事で済まないどころか、ネストレックは “用が済んだらついでに殺す” ような奴なので、
ほぼ100パーセント、殺される。
フィーナとしては、彼女には何かと縁があり、死なれるようなことがあってはあとあと気が
重たいのだが……
「しかたないでしょ、リース。ネストレックに殺されたくなかったら作戦は実行しなけりゃ
 ならないわ……。…………」
ミリアに死なれるより、自分が死ぬほうが嫌である。フィーナはそれしか道を歩けない。
なにしろ、ネストレックの強さは魔界四王が4人、束になったって勝てるような甘っちょろい
もんではない。仮に、魔界の全てを敵にしたとしても彼が勝つだろう。魔王は別として。
フィーナはネストレックに (上司に対しての) 文句ばっかり言っていたりするが、彼が
自分を殺さないと確認してのことである。ネストレックは実績がよければ他はあまり気に
しないので、文句を言ったからといってすぐに殺すような無駄なことはしない。実績が
よければ。
命令を実行できなかったり、反乱を起こしたりしようものなら即、あうと。……まぁ、命令を
実行できなかったといってそんなにすぐに殺されたりしないが、反乱なんぞ起こした
日には、もー、1秒後には死んでるかもしんない。彼に逆らうことは死を意味する。
「……そーですわよね……。あの方に逆らったら殺されちゃいますし……」
「そーゆーこと。命が大切なら黙って作戦を実行することね」
フィーナは割りきっているようだが、リースは心残りがあるようだった。
「でも……どっちにしても私は……」
「何?」
「いえ、なんでもありませんわ。……それより……」
リースは隠し事をするかのように、話題をそらしたように見える。しかし、話題をそらす
ために用意した話題は、リースにとって重たい話題だった。
「私は……誰なんですか……」
「リースは、さっきより暗い顔でフィーナにたずねた。いつものきゃぴきゃぴしたリースとは
違っている。
「……誰って……? あんたはリースでしょ」
フィーナはよくわかっていないようだ。
「そうじゃありませんわ……私は……リースですけど……なんで……なんで……
 フィーナ様に会う前の15年間の記憶がないんですか……?」
――フィーナはまだ教えていなかった。リースが人工生命体であるということを。
彼女には戦闘技術(覚えが悪く、ロクに修得していないけど……)と、今回の作戦
くらいしか教えていないのだ。
「……あんたは……ゼファードに創られた、人間じゃない人間……」
「ゼファードお父様が……? それに、人間じゃない人間って……?」
リースには、フィーナの独断と偏見により “お父様” とゼファードを呼ぶように
教えこんでいる。――……たぶん嫌がらせ以外の何でもないと思うけど……
「あんたは形や質は人間よ。でも、この世への生まれ方が違う。生まれたのは今年の
 7月2日。……つまり、あんたはゼファードに創られた人間。みりあの魔力の半分から
 生まれたの。
 ……15歳だけど、15年間の記憶がないのはそーゆーわけ」
……リースは混乱していた。――自分は本当の人間じゃない……記憶がない……
しかし、それよりも――
「私、ミリア様の魔力の半分なんですか!?」
フィーナには何でそんな質問が1番先にくるのか少々分からなかったが、答えた。
「そーよ。いわばミリアの分身ってとこね」
「分身……!?」
リースは、何かとてつもなく恐ろしいことを知ってしまったようだった。
ぶるぶる震えて両手で頭をおさえている。
「……だから……私は同化を……」
――?
フィーナは疑問符を浮かべた。
「同化って何?」
「えっ!? ひええぇっ!」
リースは突然、目をまんまるにして大声を上げた。
「――だから同化って何のことよ?」
「えっと……あー……その……何といいますか……」
「ゴマ化そーとしても無駄よ」
「あううぅぅぅ……」
「……どーしても言わないってんなら考えがあるわ……
 しゃべんないと1週間ごはん抜き♪」
フィーナは笑顔で言うのだが、なんか憎悪パワーがにじみ出ていてひたすらコワい。
「きゃあぁああ! それだけはやめてくださいぃぃっ! わかりましたっ! 言いますっ!」
涙をだばだば流しながら追いつめられていくリース。さすがわフィーナ! 容赦なしっ!!
「……ひっく……でもネストレック様やゼファードお父様には “言っちゃだめ” って
 言われてますのに……」
――口止めされてる!?
フィーナは疑問に感じながらも、
「いーから言いなさい」
「しくしく……実は――……ミリア様を魔界までお連れしたあとに……
 私はミリア様と同化しなくちゃならないんですわ……」
リースの顔がいきなり曇る。
「ちょっと待ってよ! ……同化って……ミリアと合体しちゃうの?」
「詳しいことはわかりませんけど……魔界でなら同化が可能みたいなんです」
――なるほど。魔族の力は人間界より魔界にいるときの方が強い。リースも人間とは
いえ、魔の力は持っているハズである。同化するための力は。
「魔界にミリア様をお連れしましたら、私は、私の意志でミリア様と同化しなくては
 なりません……ひっく……ミリア様の体と心は残るみたいですけど……
 私は完全に消滅してしまいます…………」
だんだんと、涙がたまってくるリース。とうとう泣き出してしまった。
「そっ……それじゃあ自殺も同然じゃない!」
「……そうなんです……私……ひっく……結局……長くは生きられません……」
ぼろぼろ泣きながらうずくまってしまう。
「う〜ん……」
リースの様子を見て、少々リアクションに困るが、
「まぁ、どうしようもないわね。そればっかりは。…………どーせ限られた時間しか
 生きられないんだったら、自分がいちばんやりたいことやったら?」
フィーナは思いっきりひとごとのように (実際ひとごとだが) 、てきとおにアドバイスをして
みる。
「やりたいこと……?」
ぴたっと泣きやむリース。
「……私のやりたいことって、何なのでしょう……」
それでも顔は暗いままだ。
「さあね。……自分で見つけるのよ。大丈夫。きっと見つかるわ」
フィーナは優しく、リースの頭をなでた。
「はい……」
上目づかいでこくっとうなずくリース。こんどは嬉しくて涙が出てくる。
「フィーナ様ぁ!」
リースは我慢できなくなってフィーナに抱きついた。
「……フィーナ様……私、怖いですぅ……死にたくないんです……」
さながら、抱きついてくるリースは、まるで自分の子供みたいだ。
フィーナは奇妙な感覚を感じながら、かるく抱きかえした。
「リース。いつ死んでもいいように、思いっきりやりたいことしなさい。……後悔しないように」
フィーナの言葉には強い感情がこもっていた。真剣だった。
「……フィーナ様……」
――リースは、ふと、フィーナの強い言葉を聞いて思った。
フィーナは昔、死んで魔族になった後、後悔したのではないだろうか……。
しかし、なによりも、リースはフィーナの言葉がうれしかった。すごくすごく。

――――馬車は、確実に魔界の入り口に向かっていた。リースの思いも知らずに……

 

 

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