プロローグ


 

「はあああああああああっ!?」
――7月2日。ちょーど魔界にぽかぽか気持ちのよい昼下がりがおとずれたころ。
セレス達とリースが出会う数日前のことである。
フィーナは納得いってなさそうな(納得いってないんだろーが……)声を上げた。
「なんでそんなバカ仕事頼まれなくちゃなんないのよ?」
完全にえらそーな態度で言いちらすフィーナだが、話している相手は自分より頭ひとつ
半くらい背の高い男である。男は長身だが、大男という印象はあまり受けない。細身で
銀の長髪と素敵と呼べるほどの顔だちがそう思わせるのだろうが、弱々しいイメージは
ないに等しい。――それを決定づけるのが彼の目である。
彼の目は悪魔でも宿っているかのように鋭い。にらまれれば凍りついてしまいそうな
ほどである。
しかし、そんな恐ろしい男を前に、フィーナは全く動じない。そして、横着で生意気な
態度のフィーナを前に、彼は沈着冷静を崩さない。
「何をそんなに嫌がる必要がある」
彼は口を開いた。口調にも恐ろしさが感じられる。
「嫌がる必要もなにも、ンなお守りみたいな仕事、嫌に決まってるでしょーが」
フィーナは言いながら、床を見る。赤いじゅうたんが敷いてあるのだが、その上に、まだ
子供といった感じの女の子がうつぶせに倒れている。金髪(ブロンド)の長い髪が、
首もとと、髪の毛の先から十数センチメートルほどのところの2ヶ所を2つの赤いリボンで
かわいく結んでいる。
倒れていて動かない。気を失っているみたいだ。寝顔は――かわいい。
どこかで見たことのあるような顔……真っ先に浮かぶのがミリアであった。
でも、ミリアと似てはいるが間違いなくどこか違う。少なくともこの女のこはミリアではない。
――この子の名前は “リース” というらしい。
フィーナと今、話している男――ゼファードがさっき持ってきた女の子である。
そして、ゼファードが持ってきた仕事と言うのはリースを使ってある作戦を実行しろという
ものだった。
――――フィーナはソファーから立ち上がると、床に転がっているリースを抱き上げる。
「大体ねー、あんた女の子をこんなふうに床に転がしといていいと思ってんの?」
ちょうど、母親がだっこするような形で抱かれているリース。瞳は閉じたままである。
ゼファードは、フィーナの部屋に入ってくるなり、荷物のようにリースを床に放り投げた
のだ。
んで、リースをほっぽっといて仕事の依頼をかけてきたのである。
――いくらなんでもリースがかわいそうだ。床に置かれるなんて。
フィーナはリースを抱えて、またソファーに戻った。
リースの頭を手でなでながら、床に転がったことでついたほこりを払ってやるフィーナ。
フィーナは乱暴で気が強いくせに、妙に母性的で優しいところがある。
「もー、ほら、こんなに汚れちゃってるじゃない。……まったく、女の子はデリケートなんだ
 から、乱暴にあつかわないでよね」
少し怒ったような口調で言うフィーナ。ゼファードは表情ひとつ変えないが。
「貴様はその娘が人間と魔族、どちらだと思うんだ?」
質問のようだった。
「人間。だってにおいで分かるわ。――それに私も人間だったんだし」
ゼファードも元は人間だったらしいのだが、そのことについてはフィーナは言わなかった。
知ろうとも思わないし、聞いても話がずれるだけである。
「……フッ……表面上は……だ……」
ゼファードの口元がニヤッと笑う。
「表面上?」
フィーナがいぶかしげに眉をひそめる。
「……その娘は形の上では人間……しかし本質的に違うのだ」
「――どういうこと?」
ゼファードはゆっくりフィーナが座っているソファーの後ろまで歩いてきた――ぴたっと
足をとめる。
ちょうどフィーナがゼファードを見上げている状態である。
「確かにそいつは13歳の人間の少女――しかし――……13年間生きたわけではない
 …………今日生まれたのだ」
「なんですって!? 今日生まれたぁ!?」
一大事が起こったように驚いた声でフィーナは言った。
――――今日生まれたのに13歳とはわけがわからない。
「光の勇者のひとり――小娘のほうがいるだろう……。そいつは魔力を持ちすぎていた
 ために、生まれるときに創造神によって魔法力がふたつに分けられたのだ」
ミリアのことだ――フィーナは思った。
「そして生まれたほうは光の勇者として今まで生きてきた。――生まれなかった方の
魔力のかたまりは亜空間をさまよっていた。そこへ俺が命と身体を与えてやった――」
余裕の笑みを浮かべるゼファード。――フィーナのほおにはひとすじの汗が浮かんだ。
「……そういうことだ。体の構成は前にとった光の勇者のコピーデータを元にした。肉体の
 上では本体と全く同じだ。成長速度や髪の色までな。――性格は適当だが――」
リースの寝顔を見ながら、ほおに汗を流すフィーナ。彼女は内心動揺しているようだ。
「そしてさっきの矛盾した事ができたわけだ。今日生まれた13歳の人間――。
 魔法力が命と13歳の人間の少女の肉体を得た――」
ゼファードは得意げに語る。
しかし、フィーナは動揺していた。――考えてもみてほしい。ゼファードのやっている事は
命をもてあそんでいるようなものである。そのような生まれ方を強制されたリースは彼に
人形のような扱いをされている。ゼファードには人情のカケラも見当たらない。元は人間
だったくせに。
――そして、このような芸当はフィーナをはじめとして魔族にできるものではない。
それでもゼファードはやってのけている……。ふと、フィーナの目に彼の横の剣が映る。
「その剣を使ったのね……」
龍をかたどった剣――九頭龍剣――
九頭龍剣の能力は未知数。どこで手に入れたのかは知らないが相当強力な剣である
ことは間違いない。別名、“不可能を可能にする剣”である。
ちなみに、あの剣がゼファードの手にある限り、フィーナの実力が彼を上回るという保証は
ない。それほど強力な剣である。
「……そうだ。……それで? 仕事を受ける気になったか?」
ゼファードは答えたが、話をもとにもどした。
「…………」
少しの間、考えこむフィーナ。やがて――
「なんであたしに頼むわけ?」
とりあえず、考える時間をのばそうとする。
「それは――貴様が女だからな」
魔界で実力のある女性は少ない。最高クラスの実力を持った女性はフィーナくらいである。
「……くそ腹が立つ理由ね……」
フィーナは心底、腹が立った様子で、それでいて冷静に反論する。
「――考えてもみろ。魔王は不在。ネストレックはこの計画の創立者でまだやることがある
 らしく、忙しい。となると、次に実力を持つのは魔界四王――」
やっかいなことに、ある程度の実力がないとこの “リースのお守り役” をつとめるのは
難しい。無論、実力はあればあるほどよい。
「魔界四王の中でまさかアルザスやラーガがこの仕事を引き受けてくれるわけがない」
――確かにそうである。まぁ、性格面でのことなのだが、アルザスはお守りなんぞをする
ような人ではない。ラーガもそんなことするよーな人ではないが、奴はよくわからんとこが
あるのでもしかしたらいいかもしれないのだが、あの人現在、好き勝手行動中で
行方不明。少なくともフィーナは居場所を知らない。探したくない。
「……そこで貴様が適役となったわけだ」
「あほかあああっ!」
フィーナがすかさずツッコミを入れる。
「なんでそんな理由であたしが選ばれるのよ!? ……だいたいあんたこの子の父親
 なんだから、あんたがその役すればいいでしょーが!」
「父親だと?」
なんか、納得がいかないよーなゼファード。
「だってそうでしょ。この子はあんたが創ったんだからあんたはこの子の親。父親よ」
ゼファードの口元がぴくっとひきつる。
「だからあんたが面倒見れば?」
フィーナはぱたぱたと手を振りながらジト目で言った。
――ゼファードはさすがに嫌そーな様子で、
「……そういうわけにはいかん。この役にお前を任命したのはネストレック……奴がすべて
 決めたことだ」
「ネストレックが?」
「そうだ。……奴に殺されたくなかったら素直に従うことだな」
「…………」
フィーナは真剣な顔つきになって考えている。ネストレックからきた仕事は、受けないと
殺される。
――実はフィーナにきた仕事、その計画には矛盾した点がいくつもある。
彼女が教わった、計画の内容をごく簡単に説明すると、
“光の勇者のひとり、ミリアを魔界まで連れてこい。その際、リースを使って光の勇者と共に
行動させること”
ということである。――なぜリースを使う必要があるのか。別に、ミリアを連れてくるだけ
だったら気絶でもなんでもさせて魔界まで持ってくればいい。魔族の使用する移動術は
自分にしか効果はないが、自分が触れているものが意識をもたないものや、気絶している
ものであれば、それは自分の意識と見なされ、結果的に移動術が気絶したものにも
かかり、おーるおっけい♪ なのだが……
なぜわざわざリースと共に行動させて連れてこなければならないのか――
ネストレックは無意味なことをするような奴ではない。ならどうして――
フィーナは不安感を抱きながら返答した。
「わかった。あたしもまだ死にたくないから……その仕事引き受けてあげるわ。
 ――でも……」
フィーナはぷいっとした表情で、
「あんたがこの女の子をいじめるのは気にいらないわね」
ゼファードは、いつから “いじめる” にまで発展しやがった? という顔をしながらも、
フィーナの部屋の出口のほうへゆっくりと歩きだした。
そして、ノブを回し、ドアを引いたところで静止する。
「……そんなにその娘がかわいいなら、親にでもなってやったらどうだ?」
「なんですってえぇぇっ!!」
ちゅどおおおん!
フィーナの手から放たれた風がドア付近に大爆発をひきおこす。
「はぁっ……はぁっ……」
肩で息をするフィーナ。――まぁそれほどの術を放っても強化された城なので大丈夫なの
だが……
もくもくと煙がたち、やがて、煙がおさまったときにはゼファードの姿はなかった。
フィーナは顔を、特にほおのあたりを真っ赤に染めていた。
彼女はただ、ゼファードの婦女子に対する態度を改めさせようと思っただけなのだが……
こう切り返されるとは思っていなかった。
――別に、リースはかわいらしく、ほんとに子供にしてもまぁちょっといいかなーと思ったり
するのだが、それよりも、さっき自分でゼファードがリースの父親だと言ってしまったので、
なんとゆーか……その……
――ゼファードはどーゆーつもりで言ったんだか知らないけど……
魔界に結婚制度がないのは、特にそんな必要もないし、なにより子供を産む必要がない。
魔族の方々はとっても長生きなので、次の世代に任せるなどというのはよほど戦いが
嫌いな人くらいしかやらない。魔族は故意に殺さない限り何年でも生きていられる。
まぁ子供を産めないわけじゃないんだけどね。結婚している魔族というのは見かけない
けど……
でも最近、人間が魔族化した魔族が増えてきたのでなんかごく少数では所帯なんぞを
持っているらしい。人間の生活習慣がそのまま魔界にくるとこうなるわけである。
(……はぁっ……はぁっ……どっどうせ育てるんだったら、剣なんかもあたしより強くて、
 それでいて優しくて、頼りになって、かっこいい人と結婚するもんね! べべべのべー!)
フィーナのほおはまだまっかっかである。それでも、リースを見ると極力冷静を装った。
(それにしても、この子どーしよーかなー?)
今日生まれたばかりだというのなら、いろいろ戦闘訓練をたたきこんどかなくては
ならない。
ゼファードがそれをプログラムしとけばいいんだけど――はっ! ひょっとして言葉も
知らなかったどうしよう……、とか思いつつ、リースをゆり起こす。
――この時、1番問題なのはリースの性格だということを彼女は知る由もなかった。

 

 

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