暗い。目を開いても閉じても、感覚がないくらいに。手は―――動く。
指先の一本一本を順番に折り曲げ、ちゃんと動くか確かめる。
―――とくに問題なく動く。どうやら頭の傷は治してくれたらしい。……あんまりうれしくないが
意識と記憶が徐々に戻ってくる。それにつれて、自分がどんな体勢をとっているのかもわかってくる。
―――セレスの目が完全に開いた。同時に手をついて起きあがり、頭を―――傷口の方を
さわってみる。ケガをしたあともなく、いたって健康ばっちりである。
(……ちくしょー……どこだよここは……)
胸の内で思うセレス。気を失う前のことを考えると、やっぱり牢屋なのだろう。
少し闇に慣れた目で辺りを見回すと、天井から垂れた太い線が地面に向かって何本も
伸びているのがわかる。―――鉄格子だ。
もう、ここは牢屋だよーと言っているようなモンである。
(……なめやがって……!)
思って、セレスはズボンのポケットに手を突っ込んだ。
今のセレスは機嫌悪い。
まぁいきなし殴られて牢屋に入れられたら機嫌も悪くなるものである。
セレスは牢屋ごと魔術でふき飛ばそうかと思ったが、ここがどこだかわからん以上、
余計なことはしないほうがいい。もし地下だったら生き埋めである。
(……!)
急に周りが明るくなった。―――誰かが灯りを持ってきたらしい。
初めてフロアの景色が見える。石畳に鉄格子、それと石でできた壁と天井。
この村の一般的民家の設計材料は木と草。セレスが寝るのに使っていた家(盗賊のアジト)は
周囲の建物とは異なり、多少色がぬってあったり洋風に見えたりするが、それでも木材である。
ということは、ここは地下かどっかの洞窟かそこらだろう。
よかったね、セレス。魔術でふっ飛ばさなくて。
しかし、当のセレスはンな心配などしていない(当たり前か……)。むしろ闇に慣れた目にいきなり
灯りを照らされてまぶしかったので、さっきまで悪かった機嫌がさらに悪化している。
「どうだ、ガキ。調子は」
声のした方を、人を殺すような目つきでにらむ。―――さっきのわけわからん盗賊の親分である。
それを認識するとセレスはいっそう腹が立ってきた。
「そんな事を聞いてどうする……」
セレスはほっぺたをぴくぴくひきつらせながら言った。
「いや、明日の公開処刑までに死んでもらっては困るのでな……」
―――いつから公開処刑になった? てめぇ。
そもそも盗賊が公開処刑をする理由と意味がどこにもない。
ミリアを見てても思うことだが、世の中には思考パターンが解析不能な奴もいるもんである。
1人ならまだいいが、セレスの周辺にはわらわら出現するので困ったもんである。
「くっくっく……公開処刑を利用して参加費を稼ごうという寸法なのだ」
そんなコトは誰も聞いていないが、何も考えずに物を言っているわけではないらしい。
―――ただ、考えが浅はかなのはこの人の性分なのだろおか。
「……それより……ここはどこだ?」
セレスが何より聞きたかったのは、そのコトであった。
ここに連れてこられる間じゅう、セレスは気を失っていたので、地理的にはさっぱり不利である。
ならばひとつ、ここは聞いておくのがよしであろう。
「ふ……ここは我らのアジトの地下十階だ」
―――何ィィッ!? 地下十階!?
「……てめえ何考えてアジト作りやがった? この村、まだ空き地があるのになぜ地上に建てん?」
セレスが顔ぴくぴく状態プラス顔にタテ線状態で聞いた。
すると、盗賊の親分は腕組みしたまま明後日の方を向いて
「土地が買えなかったのだ。地下ならタダだ。うむ」
…………言っていることはわかるのだが、水面に浮かべた“ござ”の上を走って池をわたるくらい
情けない話である。
「貧乏なんじゃねーのか? この盗賊団……」
セレスの、スルドイ指摘を受けつつも、親分は冷静にこう言った。
「……いや、貧乏なわけではない。ただお金がなくて困っているだけだ」
それを貧乏とゆーんじゃい!! たわけか! おのれは!
―――と言いたいセレスだが、第三者から見てマンザイをしているように見られても
しかたがないので、やめた。
「ふっ……しかし最近は部下たちが造花を作ってくれるので少々生活が楽になったぞ」
―――盗賊団なんだからなんか盗め! 盗賊だろーが!
「しかし……それよりもおまえの知りたいのは死亡時刻だろう……」
セレスのまゆがぴくっと動く。―――そう、セレスは公開処刑の時刻を聞こうとする所だった。
―――こいつ、鋭いのかボケてんのかさっぱりわからない。
「そうだな……明朝6時……おまえの命がなくなるときだ。……今、午前2時だ……」
親分の眼光があやしく光るのがわかる。
「あと4時間だ。おまえの人生は」
親分は、後ろをむくと、足音をたてて階段のほうへ向かった。
「待て」
セレスは呼び止めた。
どうしても聞きたいことがあったのだ。
―――コッ……
その靴音を最後に親分が立ち止まった。
「なんだ?」
親分は振りむきもせずに聞いた。
「公開処刑の時間はなぜ6時なんだ?」
親分は数刻の後に答えた。
「いや……ラジオ体操のついでにやろうと思ってな……」

はぁ……はぁ…はぁはぁ――ぜぇ…はぁ……
3人の肩でした息は次々と輪唱のように交互に聞こえてくる。
「……い…いません…はぁ…ですわ……」
リースが息もたえだえに口を開く。
―――午前2時。この時刻にはもう明るいという山もあるが、この山は暗い。
とゆーかもう街灯の光り以外は黒一色である。リスカがもしいたなら間違いなく怖がる暗さである。
足もとはよく見えないし、道はあまり整備されていない。
んなわけでミリアはじゃんじゃん転んでくれるわ、リースは木の枝にぶら下がったミノムシが
髪にひっかかって泣き叫ぶわ、フィーナはいろいろ大変だった。
しかしセレスは未だ見つからない。どころか何の手がかりもない。
ミリアやリースに期待するのはよほどのギャンブラーでもないかぎりはしないと思うが、
フィーナは今、冷静さを欠いている。胸はいつまでも熱いし、汗はふき出すように出るし、
目の焦点があっていない。―――本当にセレスが心配なのだ。
その感情のためか、フィーナには焦りの色がみえる。
―――全員の息が静まったころ、フィーナがつぶやいた。
「村の屋外にはいないわ……」
どこかの民家にいるか、もしかしたら山の中ね……―――と続きはあったのだが、
フィーナは言わなかった。
言ったところで、この2人はどーせ民家をしらみつぶしに探したり、山の中に深入りして
帰って来なかったり、傷だらけで帰ってきたりして、セレス捜索活動どころじゃなくなりそうだからだ。
―――さて、これからどうするか。何か手がかりになりそうなものがあれば考えようも
あるのだが……
腕組みして考えこもうとしたフィーナのソデを、ミリアの手がひっぱった。
「ねぇ……フィーナ……私たち……何がいけなかったのかなぁ……?」
ミリアは目に涙を浮かべながら、不安そうな声で聞いた。
「セレスがいなくなっちゃったのって……私たちと旅をしたくないから……
キライになっちゃったから……だよね……」
あれから、ずっと黙って考えていたのだ。ミリアは。
「何がいけなかったんだろう……」
ミリアはうつむいて、特に何を見るわけでもなく、地面を見ている。
考えても、ミリアには分からなかった。ミリアはこれまで一生懸命、セレスのことを思ってきたから、
考えても理由は見つからない。
「セレス……怒ってるかなぁ?……あやまったらゆるしてくれるかなぁ?」
光りが、ミリアの瞳から落ち、消え、誰にも分からずに地面をぬらした。
―――あやまったらゆるしてくれるかなぁ?―――
そんな言葉がフィーナの胸を再び貫いた。昔の記憶と錯覚を起こしている。
右手を堅くにぎりしめながら、黙っているフィーナ。
ザッ……
沈黙を破ったのはリースだった。
「この足跡……なんでしょーか?」
あっけらかんとした声で、聞いてくるリース。目をぱちぱちさせているようだが、暗くてよく見えない。
『どれ?』
ミリアとリースの声が重なる。
―――地面を見ると、草むらになにかの圧力が掛かって半円型にへこんだように見える。
それが、なにかの足跡のようにてんてんっと続いている。
(……この跡は……!)
フィーナは気がついた。これはおそらくセレスの足跡である。
―――セレスはすげー怒っている時や、めちゃめちゃ不機嫌な時は思いっきりかかとで歩くのだ。
このへこんだ半円はセレスのかかとの跡だろう。
気づいたのはフィーナだけだった。……まぁ、リースがついてきたのはつい最近のことだし、
ミリアにはそんな観察眼などない。
「ミリア、リース! これはセレスの足跡よ!」
3人は座り込んでいたのだが、フィーナは立ち上がった。
フィーナの顔は真剣そのものなのだが、リースの顔がこころなしか、ゆがんでひきつっている。
「……セレス様って、動物か何かですの……?」
リースが体はそのままで、ぎぎぎっと顔だけフィーナのほうを向いた。
フィーナは気がついた様に顔にタテ線が入ると、
「え? いや、セレスは怒った時はかかとで歩くのよ」
「ふーん、そうなんですか」
リースは納得したようだった。
「……でも足跡だけじゃわかんないよね……」
―――は?
ミリアが何やらわけのわからんコトを言い出した。
……ミリアの周辺を除くここら一帯の空気が混沌と化した。
「…………ミ、ミリア……足跡たどって行けばセレスの居場所がわかるでしょ……?」
フィーナは重力が百倍になったような気持ちで言った。
ミリアの言うことも皆無とは言えないが、この現状で足跡が役に立たない可能性はゼロに近い。
それに、ミリアはそんなことは全く考えず、この足跡の利用価値がわかっていないのである。
わかれよ。
「あ、そっかぁ」
ミリアは間の抜けた返事をした。―――心底疲れる話である。
混沌の空気が晴れるまでに数刻の時間を要した。
「よーし、さっそく行動開始よ」
フィーナは元気よくそう言うと、足跡をたどりはじめた。他の2人も後に続く。
地面を見て歩くので、はたから見ると何やってるかわかったもんじゃない風景だが、
今はそんなことを気にしている場合ではない。
夜目がきいてきた3人は、なんとか地面のへこみくらいは分かるようだ。
3人ともうつむいて歩いているのはそれを確かめながら進むためなのだが、ミリアだけはちょっと
様子が違う。なんだか元気なさそうである。
ミリアは、はぐれないように、フィーナと手をつないでいるのだが、その手をぎゅっと握った。
(?)
フィーナが不思議に思っていると、先にミリアが口を開いた。
「……セレス……やっぱり怒ってるんだ……」

 

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