「おかわり〜♪」
ことこと揺られる馬車の中、ミリアが口のまわりにパンをつけながら言った。
「もーねぇよ……」
セレスは目の下にタテ線が入りながら答える。あのあと、馬車乗り場に行って奇跡的（？）
に馬車に乗れた。んで、約束の昼ごはんを食べていたところである。
昼ごはんはみんなでパン１０個。１人３個、セレスは１個である。
でもって、今、ミリアが３個をぺろりと食べておかわりをしようとしたところである。
無論おかわりなんぞない。……まぁないわけではないのだが、この３人は底無しに食べる
ので、限度を与えてやらないといけない。
「ねー、セレス、これからどこ行く気？」
フィーナが、最後の１個のパンを食べて聞く。
「……この馬車で港町に行って、船でノースライト大陸に行こうと思う」
――ライタルト地方は３つの大陸に分けられていて、その３つがちょうどジグソーパズル
みたいに合わさるため、この３大陸はひとまとまりとして考えられている。よって、この
３大陸を総称して “ライタルト大陸” と呼ぶこともある。んで、セレスたちが今いるのは
中央大陸。中央集権国家であるライタルトの城がある。そして、中央大陸の海を隔てて
北東にノースライト大陸と呼ばれる大陸がある。
北と言っても、ライタルト地方全土は基本的に四季がないので寒くない。雪を味わうことが
できるのは、ライタルト地方の高山か、あるいは別の地方くらいである。
「ノースライト大陸には何があるんですの？」
リースが続けて聞いてくる。
「知らん。適当だ。」
言ってセレスは大きなあくびをした。
その様子を見て、ミリアは、
「どーしたの？　セレス、ねむたそうだよ？」
と、不思議そうに聞いてくる。
「当たり前だ。……昨日から寝てねーからな」
ねむそーな目で景色をながめながら言うセレス。ほんとにねむたそう。
ミリアはひとさし指をあごに当てて、何か考えていたかと思うと
「セレス〜、私のひざのうえで寝る？」
ごん。
セレスは腕を組んであぐらをかいた姿勢のまま前のめりに倒れ、額に床から激突した。
「あほかああっ！」
セレスはねむいながらも激しく抗議する。
「でも、かけ布団ないし、風がびゅーびゅーふいてるからカゼひくよ？」
――ミリアの言うことも正しい。５歳児が服とマント１枚で風がふく中寝るとカゼを
ひきかねない。この馬車も幌（ほろ）は一応あるのだが、向かい風のためじゃんじゃん
風が入ってくる。風もそうあたたかくない。ひざの上なら、人の体温があるのであたたかく、
さらに、ミリアはマントも着ているため、それも一緒にかけてもらえればまず、カゼをひく
ことはないだろう。
しかし、それはセレスのプライドがゆるさあぁん！！
「やかましい！　俺は寝ずに起きておく」
「でも寝ないと病気になっちゃうよぉ」
ミリアは心配そうだ。どういう理論からか、寝ないと病気になってしまうことを知っている
らしい。
学問的な知識はないくせにいらんことを知っている。セレスには不都合だ。
「セレスが病気になったらやだよぉ〜」
心配から、泣き顔になりつつあるミリア。
その様子を見たのと、あと、セレスはあることを思い出した。
もう２４時間以上寝てないのに、魔術なんぞを盛りだくさん（主にストレス解消のために）
使ったため、魔法力が残り少ない。魔法力は睡眠をとらなければ回復しない。もし、
何かしらの襲撃でも来ようものなら魔法ナシで眠いまま戦わなければならない。さすがに
それは嫌というもの。
自業自得である。
「わかったわかった、寝てやるから泣くな」
セレスは眠そうな目でヤケクソ気味につぶやいた。――彼は負けた。
「わーい♪　じゃああそこにすわって、セレス」
何がうれしいのか、ミリアは立ち上がってセレスの横に正座する。ぱんっぱんっと自分の
ひざをたたいている。
「はいはい……」
世紀末のような心構えで、セレスはミリアのひざの上に座った。
ミリアは、彼が自分のひざの上に座ると、両手で包みこんで、自分の胸に横向きにもたれ
させるようにした。
「私のおかーさんがね、私がねむれないとき、よくこーやって抱いてくれたんだ♪　そしたら
すぐ眠れるんだよ。ふしぎだよね〜」
「………………」
セレスの返事はなかった。実はもう眠っていたのだ。
――ミリアのひざの上、そして胸の中はすごくすごく暖かかった。疲れていたセレスは
約３秒で寝てしまうほどの環境である。
「ねちゃったの？　セレス」
見れば分かることを言うミリア。不思議そうな顔をしてセレスの顔をもっとものぞき込む。
――ぐっすり眠っているセレス。普段の鋭い目つきが見えないぶん、寝顔はかわいい。
ミリアはそれを見て、くすっと笑ったようだった。
「疲れてたんだね、セレス」
ミリアは、母親が子供に語りかけるように言った。やさしく、なだめるような表情で。
やがてミリアはとびっきりの笑顔を見せたのだった――――。