4.エピローグ


 

「みにゅ〜」
ぽかぽか気持ちのよい日差しがミリアの寝顔を照らし、そのまぶしさから彼女に寝言を
言わせている。
―――それにしても平和で幸せな顔である。ミリアは寝相はいいほうなのだが、お布団から
ちょこんと顔のとなりに右手が出ている。その手を握ったり開いたりするのでますます
平和で幸せである。
しかし、その様子を見て腹が立っている人が約1名いる。
「いーかげん起きろぉ! くそガキ!!」
セレスである。彼が大声を出したにも関わらず、ミリアは眠っている。
……………………。
顔にタテ線とあきれ汗が入るセレス。口元がひきつっている。
「……あ〜、こんなところにおいしそうなケーキがあるなぁ〜……」
セレスはややヤケクソ気味につぶやいた。
――ミリアの目がぱちっと開く。
「けーき!!」
ベッドから飛び起きたミリアは勢い余って頭から――いや、顔から落ちた。
ずでっ!
――なんかよくコケる娘である。ともあれ、セレスはミリアを起こすことに成功した。
彼もミリアの扱いがわかってきたようである。
ミリアは両手をついて、腕をのばす力で起きあがった。きょろきょろとっとあたりを見回すと
きょとんとした表情で空中に両手のほおずえをつく。
そしてセレスを見るとにっこり笑顔になった。
「おはよ〜、セレス♪」
お気楽な声であいさつをするミリア。セレスは顔がひきつったままだが、さらに続ける。
「あさごはん食べよ〜♪」
ケーキを食べ損ねたので、おなかがすいているらしい。能天気にセレスに言う。
――セレスの頭が力なく、カクッと前に倒れる。決してうなずいているわけではない。
うつむいたままこぶしを震わせているセレス。青スジを浮かべながらその思いが爆発した。
「何が朝ごはんだああっ!! 今は昼だボケ野郎があああっ!!」
怒鳴るセレスを、以前としてきょとんとした表情で見ているミリア。
「おひる?」
――ミリアは状況がよくわかってないらしい。そんなことを知ってか知らずか、セレスは
空を指した。
「……窓の外見てみろ……」
セレスがやや疲れたように言うと、ミリアはポーンと跳ねるようにして窓に到着した。
上下開閉式の窓を上に押し上げると、彼女はほおずえをついて頭を窓の外にのりだして
見る。
空には太陽が誰が見ても南中しているような高い位置にある。ただし、ミリアが“今は昼“と
いう事態を理解するには至らなかった。彼女の知識はどれほどか。
ずーっと目で見回すミリア。彼女の瞳には、鳥が映ったり、隣の家が映ったり、山の景色が
映ったりしている。――まだわからんらしい。
そのとき、瞳がひゅっと止まる。彼女の見つめる先は――村の時計台。盤全体が、
この宿の窓からは、視力が2.0でも点ほどにしか見えないくらいの距離にある。
普通の人なら針が指している時間を読み取るのはまず不可能なのだが、ミリアは、
尋常でないほど目がいい。セレスもそれなりに目はいいのだが、彼女にはかなわない。
ほんとに人間か、おい。
「……やっとわかったか……ったく……今日はこの村を出発する日だろーが」
そう。今日はこのコットの村を出る日。盗賊団児童誘拐事件(セレスが牢に入れられた
ヤツね)が昨夜(正確には今日の午前)のことなので少し体に厳しいのだが、盗賊団の
残党が生き残っていて狙われないとも限らんのでさっさと退散することになったのだ。
ちなみに寝巻姿のミリアとは違い、セレスはちゃんと旅の支度を整えている。
いつもの布製のマントに厚手の青い服、下に白いズボンをはき、これにスリッパでなく
普段の丈夫な革靴をはけばすぐにでも旅に出られる格好をしている。
少し汚れているが、洗濯する時間が無きに等しかったのでしょーがない。
一応表面をブラシでこすって、特に著しい汚れには少々の水と専用汚れとり液できれいに
してある。だからといって風呂に入ってないわけではないのだが。
セレスは事件解決(逃げただけなよーな気もする)後、眠っていない。今後の予定と旅の
みちすじ、そして旅費などを考案し、決めていったのだ。寝るヒマがなかった。まる。
しかし、しかし、しかし、ミリアは事件解決後、宿に帰るなり床に頭から(また……)倒れて
寝てしまった。セレスに叩き起こされて、寝ぼけながらも1人でパジャマを(セレスの前で
着替え着替えようとして怒られる)着替えたのだがそのままベッドに倒れこむようにして
ぐっすりで現在に至る。
他の2人も、似たようなもんであろう。朝、セレスが隣の部屋に入ろうとするとカギが
かかっていたし、セレスが武器屋で短剣(ショートソード)を買ってきた帰りによってみたが、
またもやカギがかかっていた。さらに、さっきミリア本格的起床計画の前にも行ったのだが
カギがかかっていてノックしても返事がなかった。おそらく彼女らもぐっすりほくほく夢の中
状態なのであろう。
セレスは今まで眠っていないというのに。
「ほら、さっさと支度しろよ」
セレスはミリアのほうを向かないまま、本日6回目の荷物整理をしている。
ミリアは窓辺で、そんなセレスの様子を見ている。
「ねぇ、朝過ぎちゃったから……お昼ごはん♪」
――ずがん!
タンスに、人間の頭部が激突したと考えられるニブイ音が聞こえる。
……セレスは大穴の開いたタンスから自分の頭をひっこ抜くと、
「やかましいぃっ!! それしかないのか貴様はあぁっ!!」
「だって、おなかすいたし……」
「うるさい!」
「うぇ、……おなかすいたよぉ……」
ミリアが涙声になったかと思うと、目に涙をためていた。おなかすいたくらいで
泣くとは……赤ん坊か、こいつは。
ともあれ、ほっとくとえらくやっかいなので泣きやませなければならない。
「泣くなっ! 着替えて支度したら昼飯食わせてやるから!!」
――そうすると、ミリアはぴたっと泣きやんだ。ちなみにさっきのセリフにセレスは不安感が
わいてきたのだが、ミリアが泣きやんだので良しとする。
「ほんと?」
ミリアがお目々きらきらモードとよだれじゅるじゅるモードに突入しながら聞いてきた。
どーでもいいがよだれが床に垂れそうである。
「あーはいはい。ホントホント」
セレスは荷物袋の中を確認しながらミリアの動作に疲れたような感じで軽く言い払った。
「わぁい♪」
ミリアはさっきまで泣き顔だったのがウソであるかのような笑顔でよろこんだ。
――――しかし食べ物でここまで表情を変える人物もめずらしい。
「じゃぁ、さっそく着替えるね♪」
ミリアはパジャマの第一ボタンに手をかけた。
――――――何ぃぃ!?
「あほか貴様はああぁっ!!なぜ俺の前で着替える!?」
ミリアはそれでもきょとんとしていた。――さっきのセレスの不安感はコレである。
「だって着替えるんでしょ?」
「やかましい! そーならそーと言え!! 人前で着替えるなぁ!!」
「なんで?」
「うるさい! ……とにかく、俺は部屋の外に出てるから、その間に着替えろよ!」
ばたん。
セレスは部屋を出た。

部屋を出たセレスは、隣のリースとフィーナの部屋に行ってみることにした。
――が…………
(カギが掛かってらぁ……)
案の定、カギがかかっていた。
「こらぁ!! 起きやがれ貴様ら!!」
セレスはドアをけって騒音でたたき起こそうという寸法である。
ガン! ……バン! ドン!
…………なかなか起きない。
「起きんか!!」
ずどしゃああん!!
セレスの周辺一帯を爆風が襲った。とっさに結界を張ったから助かったものの、下手を
すれば人が死ぬほどの破壊力がある。
――爆風がおさまってみると、ドアは粉々にふき飛ばされ、背後の壁やドアのまわりの木は
コゲコゲである。
(……なんだ……突然……)
爆風の風向きからして部屋内部から発生したと思うのだが……
ドアが壊れたおかげで部屋に入れるようになった。
――部屋にはドアが2つあり、フィーナとリースが気持ちよさそうに寝ている。
しかし、さっきの衝撃音はけっこーうるさかったのだが……この人たちは平然として
寝ている。どうやら神経がズブといらしい。
爆発の原因は大体見当がついた。
「こらぁ〜〜、ひとの眠りを邪魔する者には死を与えるぞぉ〜くか〜」
フィーナがていねいに寝言を言っている。…………。なんか、おそらくさっきの爆発は
フィーナが原因だろうと思う。なんとなくだがそんな気がする。窓にカギもかかってるし、
外部の侵入もなさそうだし。
ともあれ、爆発乱反射機フィーナを止めないわけにはいかない。
「寝ぼけるな! 起きろ!!」
セレスはフィーナが寝ているベッドをひっくり返した。
だがしゃぁっ!
フィーナはパジャマのまま床に激突し、そのままずずずっと滑ったようだ。
しかしそれでもまだ寝ぼけ半分である。
「う〜〜、おねがい、あと5分寝かせてぇ〜」
「やかましい! さっさと起きろ! 昼だ!!」
ぴくっ!
“昼だ”の一言を聞いたフィーナはとび起きた。
「なんですってええぇ! せれす!! なんで起こしてくれなかったのよ!?
おかげで朝ごはん食べ損なったじゃないのおおぉぉっ!!」
かくかくかくかく、セレスの肩を揺らしながら言うフィーナ。
「ミリアと同類か、貴様はっ!」
――セレスはふと思うのだが、ミリア、リース、フィーナの3人は1日の平均エネルギー
摂取量が普通の人の十数倍(下手すれば数十倍)はあると思われるので朝ごはんくらい
ぬいていいのではないだろうか。……無理だろうか。
「ほら、さっさと支度しろ!」
セレスはドンっとフィーナを突き放し、こんだけ騒いでも未だ起きないリースを起こしに
かかった。

リースの寝相というのはおそらく悪いのだろう。
なんというか、掛け布団を全部床に落として(たぶん就寝時はかけていたのだろう)、
パジャマ姿で乙女ちっくなポーズで寝ている。しかし、みょーにしあわせそうな顔であるのは
気のせいだろうか。あと、寝言まで言う。
「あ〜、もっと抱きしめてほしいですわぁ〜♪」
などと言いながら、しあわせそうによだれを食っている。
フィーナの無差別殺戮型寝相も恐ろしいが、リースの寝相はある意味、人々の中枢神経を
マヒさせざるをえないような卓越した文化遺産であろう。
なに言ってるかわかんねーや。
「……おい、リース……起きろ……」
セレスは、だんだんやる気が無くなってきた。大声出す元気も失せてきたので、彼は
リースのほおを軽くたたいた。――しかし、それは間違いだった。
がしっ!
セレスは腕をつかまれた。やがてまくらを放り投げて、かわりにセレスを抱きしめる。
「あなたぁ〜、子供ができましたわぁ〜♪ 名前、なんてつけます〜?
私は……くか〜〜っ、すぴー―」
――――どんな夢見てんだか……
などとゆーちょなことは言ってられない。もうすぐリースのよだれ攻撃がくる。
でもリースに力いっぱい抱きしめられているので身動きできないし、下手をすれば窒息
する。そんなセレスの苦労を見てか、フィーナが助け舟を出した。
「あ〜♪ あんなところに身長190cmの超かっこいい人がいるわぁ♪ きゃぁすてき〜♪」
フィーナは俗に言う(?)猫かぶり声でリースの耳元でささやく。
……ぎんっ、とリースの目が開く。
「どこですの? どこですの? どこですの? どこですのおぉぉ!?」
リースはベッドから飛び起きて部屋中を探しまわる。
「かっこいいひと! かっこいいひと!」
――たわ言をぬかしながら、しばらく探し続けるリース。
やがて動きがぴたっと止まる。
「どこにもいないじゃないですかああぁッ!! フィーナ様!! ひどいですわ! あんまり
ですわぁ!! せっかくいい夢見ていましたのにいいぃぃっ!!」
リースが泣きながらフィーナに訴えてくる。ンなコトで泣くな。
「ほーほっほっほ、ひっかかる奴が悪いのよ〜♪」
フィーナが軽い口調でさらりと受け流す。さすがリースの師匠、彼女の扱いはお手のもの
である。
セレスは、リースが飛び起きたときに床に放り出されてしまい、ようやく今起きあがった
ところである。
「……はぁー、それじゃぁ2人とも支度したら村の馬車乗り場にこいよ。さっさと出発だ」
彼はそう言うと、ドアを開けて部屋を出た。

 

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