お日さまはつい2、3時間くらい前にのぼっていた。
すでに町は光に満ち溢れていた。
この宿屋の2階にも例外なく明るさがやってくる。
くっきりと四角い窓のかたちをした光が床に浮かびあがっていた。
そのすぐ横で、ミリアはベッドの中で寝ていた。
わりときっちりと行儀よく寝ていて、シーツから出ているのは金髪を生やしている頭と
軽く握って重ねられた両手だけだった。
ちっちゃい子がおやすみ中っていう形容詞が成り立つほどほや〜んと幸せそうな
寝顔ではあるが。
なんにしろ、そろそろ目覚めの時刻だし、目覚めなければならない時間でもあった。
三つ、ドアをノックする音がする。
「おい、起きてるか?」
というセレスの声がした。
が、ミリアには聞こえなかった。無論、眠っているからである。
「……殺すぞ」
――それから7分がたっても何も変らなかった。
セレスは右膝を折って振り上げ、靴の平面がドアと平行になるように静止させると
思いっきり膝を伸ばした。
ドアがまっすぐにふっ飛び、反対側の窓を直撃する。
そのままぶちやぶって虚空に投げ出される。
部屋の壁には以前のものより大きなサイズの窓が出来あがった。
下にいた人は大変だっただろう。
それでもミリアは起きなかった。
これだけでかい騒音ながらびくともしない。
セレスはこんな奴は初めて見たという風な目で彼女を見ていた。
終いにはセレスはミリアのほっぺたを強くたたいた。
本気で失神した相手に気を取り戻させたりする方法だ。
たぶん、朝、人を起こすのには使わない。
「……みゅ?」
そこまでしてミリアは半分目を開けた。
――が、また閉じた。
「……起きろと言っているだろうが」
ミリアは頭を枕にぐりぐりと押しつけられる。
「いだいいだい〜」
セレスは真顔だった。いい加減腹を立てたらしい。目が座っていた。
ミリアは手足をばたつかせ、コミカルにもがいた。
そのわけのわからない状況は十秒続く。
ようやく開放される。ぱちくりっと目が覚める。
「……あ、セレスだ〜おはよ〜」
蜂蜜のような金髪をくしゃくしゃにしながら、ミリアは手をふった。
「いい天気だね〜♪」
ミリアは青いパジャマを着ていた。店のおばさんにとても気に入られたらしく、一着
くれたのだ。そんなバカな、とセレスは言っていたが。
「いいからさっさと準備しろ。下で待っている」
セレスはそう言い残し、ドアのない部屋の入り口から出ていった。
「あ、うん。待ってて、すぐ行くね」
セレスにその一言が聞こえたかどうかわからなかったが、ミリアは急いで着替え始めた。
ドアがなかったり、窓がすごく大きかったりしているのに気づく。
「…………?」
さすがにちょっと恥かしいので、すみっこの方で着替えた。
いつもの丈夫な青い服に、同じ色のスカート。赤いマントを母にもらった大きな宝石の
とめ具で固定して、仕上げにまっすぐに髪をとく。
「うん、出来あがり」
鏡はなかったがおおよそ完成図は予想できた。
道具袋を腰に装着し、急いで部屋を出ようとする。
「あ……」
ミリアは立ち止まって、やけに大きい窓を見た。駆け寄ってそこから下を見ると、
真下の細い路地に、壊れたドアが落ちていた。
ミリアはちょっと涙ぐみながら、セレスがわざわざ起こしに来てくれたことに感謝した。

「ねーセレス〜、これからどうするの?」
ミリアはセレスの後をとことこついて行っている。
並んで歩くのもなんだか恐れ多い気がしたので。
「レナコートはここから歩いて一日のところにある。まぁつまり病に冒されていない
 人間が徒歩で逃げてこられる距離だ。この町にもそういうやつがいるはずだから
 とりあえず昼まで探す。食料等の購入も同時に行なうが」
セレスは特に振り向かずに言った。
――セレスの背中は力強い。
「…………」
しばらく2人は黙って歩いた。

レナコートの町は活気があった。
石畳の大通りを歩いているとたくさんの人とすれ違う。
横側には時々露天が有って、果物や野菜を売っている。
四角い買い物袋をかかえて歩く通行人もいた。
ついついミリアは自分の住んでいた町と比べてしまう。
アストレイフの町は、こんなににぎやかではなかった。
どうしてあの町をはやく抜け出さなかったのだろう、とか考えた。
この町は楽しい。
ミリアは複雑にそう思った。

やがてセレスの足が止まった。
「ばふぅ」
ミリアはそのまま歩いてセレスの背中に顔からぶつかったが、
別に誰もフォローしなかった。
「ここだ」
セレスは厳かに告げるとドアへとまっすぐ歩いていった。
ドアの看板にはこう書かれている。
≪魔術師組合:カレーナ支部≫
ミリアはちょっと緊張して中へ入っていった。

中は結構明るめだった。
けっこう広くて、ちょっとしたレストランくらいの大きさではあった。
その3割くらいは大きなカウンターが占めており、セレスの姿もあった。
なにやら話をしている。
他の7割くらいの空間にはイスやテーブル、鉢植えの小さな木などがあった。
ごはんを食べる人もいて、まばらに人が座っている。
ふと見上げると、くるくる回るプロペラみたいなものがあった。
ミリアはもの珍しくて、じーっとそれを見ていた。
――1分、2分、3分たった。
それでもじーっとプロペラを見ていた。
すると、ぽんっと両肩を叩かれた。
「何やってんだ? 嬢ちゃん」
「え?」
くるっと振り返る。
そこには若い青年がいた。
短めの青髪に、鉄製の鎧をまとった気さくそうな人だった。
たぶん自分と3歳も違わないであろう。
「ひとりなのか?」
「あ、ううん。いま仲間の人がカウンターで話してる」
仲間という言葉にジーンと感動を覚えた。
セレスと自分は仲間です、といったみたいで嬉しかった。
「仲間ってのはセレスか?」
「ほぇ?」
ふり向くとカウンターで話しているのはセレスだけだった。
「そうか……あんたも大変だな……少し向こうで話そうや」
「う、うん」

「あ、犬さんだ、かわい〜」
青年が連れていた犬(?)に思わず抱きつくミリア。
「お、おい! それはキラードッグっつって危険なモンスターなんだぞ!?
 ……ってなついていやがるな」
キラードッグはミリアの顔にすりすりし、ぺろっとほっぺたをなめていた。
「よしよし〜」
「なんで俺以外の奴になついているのか知らんが……、ところで嬢ちゃん、
 セレスと仲良くやってるか?」
ミリアはぽんぽんっと頭を叩かれた。
「え? ……えーとね、あんまりセレスしゃべってくれない」
はっはっはと青年は笑った。
「まぁあいつはしゃべらんからなぁ〜、それは仕方ないぜ」
「でもすごく嬉しいんだ〜、私といっしょに旅してくれるの」
「セレスが誰かと旅するなんてよほどの事情があるか、よっぽどそいつが
 気に入ってるかどっちかくらいだ。その辺は誇っていいぜ。
 ……あいつはな、友達なんざ1人も作ろうとしないからな」
「そうなの?」
ソファーに座った青年が足を組み直す。
テーブルにはオレンジジュースとお酒がひとつずつ置いてあった。
「ああ。……だからこっちから友達になろうとするしかないんだよ。
 いくら口で邪魔だとか言ってても斬り殺したり、本気でまいたりしないうちは
 別に嫌ってないんだよ」
「…………」
「だからもっと積極的に攻撃だ。アグレッシブだ。
 ……と思って『一緒に酒でも飲もうぜ』とか言ったら『まだ未成年だ、殺すぞ』
 とか言って殺されかけたがな」
はっはっはと青年は笑った。
「あぐれっしぶ……」
ミリアはその一言に妙な感動を覚えた。
「ところで、嬢ちゃん名前は? 俺はエドルっていうんだが」
「あ、ミリアっていいます」
というと、いきなりエドルが倒れた。
イスをだるま落とし的に蹴られてそのまま重力に従ったらしい。
「何をしている、貴様」
セレスだった。グリーンの瞳がエドルの方を向いている。
「いや……まぁ、なんだ? 女の子がいたらとりあえず誘わないと」
なぜかエドルは頭を打ったらしく、痛そうにさすっていた。
「いやいや、本当は情報持ってきたんだ。あんまり怒るなって」
「なんの情報だ?」
「レナコートの奇病についてだよ。 探してんだろ?」
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送