第3話 その1



そこは広い部屋だった。
天井には白熱灯の光多方向に屈折させることで幻想的な輝きをみせるシャンデリアがあり、床には足元が足元がほんのり沈みこむ、ふかふかじゅうたん。
ソファーも上等なもので、クッションのような心地がした。
ここにエリィがいたら、「あ、ふかふか」と言って喜ぶに違いない。
「ごゆっくりどうぞ。少ししたら旦那様もお呼びしますので」
「ありがとうございます」
メイドは紅茶とクッキーを置くと、やさしげな笑顔を見せて退出していった。
…………。
「うまくいきましたねー」
ミナが三流泥棒の下っ端のようなセリフを吐く。
「気を抜かないでください。この紅茶にも毒が入っていないとも限りませんし」
メリィは紅茶を含み、安全を確認してから飲み込む。
ちなみに奥歯には解毒剤が仕込んである。
「シェラさんは、私のお母さんみたいな人なんです。すごくよくしてもらってるんですよ〜」
確か、ミナの両親はすでに他界していたと聞いた。
「専属メイドですか」
「そうですね〜」
母親のよう、ということは幼いころから世話をしてもらっているのだろう。
父親がミナをかわいそうと思ってそうしたのか、めんどくさくてそうしたのかは定かではないが。
いずれにしろ、シェラという女性はミナの心の支えとなってきたことは想像がついた。
「……おいしい紅茶です」
つぶやくようにメリィは言った。
静けさのある空間で、ミナと二人きりの部屋で。
目を閉じると思い出される、遠い昔の記憶。
記憶の断片。
断片も残らないように忘却したはずの遠い昔。
あのころの感情が、ただの一瞬、思い出された。
だが。
「ですね〜♪」
ごく能天気に同意するミナ。
「……ええ」
メリィはティーカップを置く。
かちゃり、と音がした。




メリィと初めて会ったのは十五歳の冬だったと思う。
四年ほど前。
わたしはレプティナのもとで働いていた。
メリィと巡り合ったのは、彼女からの命令のためだった。
捕獲命令。
仰々しい言葉だが、その実はメリィをスカウトするためのものだった。
やはり、メリィは素直に来てくれず、一戦交えることになったりした。
――その戦いは今でも目に焼きついている。
だって、その時、わたしたちは同じ眼をしていたから。
諦めた眼。
人生でいちばんたのしい時期がすでに終わり、この先に何も待ってはいない。

そんな二人はいつしか親友となり、今でも親友でありつづけている。
メリィの性格相変わらずだが、近頃は楽しそうに見える。
わたし以外の人なら見逃してしまうだろうけど。
……わたしはどうだろう?
変わることができただろうか。
毎日を楽しく生きているだろうか。

お父さんや、お母さん、お兄ちゃんと一緒に暮らしていた時期と比べてしまう。
わたしがいちばん幸せだった時期と。



(うー……)
エリィは心の中でうめいた。
(ミナを巻き込んでよかったのかなあ……?)
屋敷のすぐ近くの林の中。
ハンドガンに弾を補充しつつ、そんなことを考える。
なりゆき上、作戦メンバーに加えることになってしまったことは、まあやはり仕方の無かったことなのかもしれない。
なぜかミナを放ってけなかった。
……だとしても、エリィは少し後悔していた。
ミナと出会い、そして行動を共にできることは正直うれしい。
ただ――嫌な予感がするのだ。
その全くただ一点の感情が少しの後悔を生んでいる。
(さすがに気にしすぎかな?)
とりあえず、作戦のことを考えよう。
メンテの完了したハンドガンを腰のホルスターに収める。
あくまで銃はサブウェポン。剣で補えない長距離や、牽制に使用する。
ちなみに実弾でなく、相手を気絶させられる程度のゴム弾が装填されている。
メインウェポンは片刃の長剣だ。
片方にしか刃が付いていないので致命傷を与えることなく攻撃できる。打ち所悪かったら死んじゃったりするかも……。
他にも、煙を発生させるだけの威力が低い爆弾とか。
(……がんばろっと)
エリィはぐいーっと後ろの木に体を預けた。
年輪の多そうな大きな木だ。
目を閉じて、メリィの合図を待った。




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